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伴侶の魂を生かすために


本文は、私たちの会で年に一度発行する伴侶への手紙文『天国のあなたに』(第11集)(平成21年10月10日発行)に『まえがき』として掲載したものです。


 英国の女性劇作家にパム・ジェムズ(1925〜)という人がいます。苦悩する女性たちを好んで描く優れた劇作家ですが、作品には、フランスのシャンソン歌手ピアフを主人公にした『ピアフ』(1978)、女優マレーネ・ディートリヒを主人公にした『嘆きの天子』(1991)などのほかに、もう一つ、『スタンレー』(1996)という作品があります。聖と俗とが奇妙に入り混じる風変わりな宗教画を得意とした英国の画家サー・スタンレー・スペンサー(1891−1959)を主人公にしたものですが、テイト・ギャラリーでも実際にその絵を確かめることのできるこの画家は、どちらかと言えば破滅型の芸術家で、生前は女性関係も多く、奥さんとなる人はずいぶんと苦しんだようです。
 その奥さんが亡くなります。直情型の人間ほどその落差、振幅は大きいもので、さすがの彼も深い罪意識に苦しみ、とてつもなく大きな悲嘆を経験することになります。その悲嘆からもようやく抜け出し、作品の最後では、平静さを取り戻した彼が、キャンバスの前に座って再び絵筆をとりながら、亡くなった妻ヒルダに向かって、こんなふうに呟いています。

 ああ、ヒルダ、僕にはいま、きみがとても身近な存在に感じられるよ。僕のなかには、きみがいて――まるで僕たちは一つになったみたいなんだ。僕がいま、本当の意味で話しかけることができるのは、きみだけだ。いや、これまでだって、僕が本当に話しかけたいと思っていたのは、きみだけだったのかもしれないね。こうやって、きみに話しかけるのはとても素敵だ。何を言ったらいいのかなんて、考える必要もない、こんなことを言って果たしてわかってもらえるのだろうかなんて、心配する必要もない。いまのきみは、どんなことだって理解できて、そして、いつも僕を見詰めていてくれる。僕には、そんな気がしてね。

 スタンレーの言葉は、死者に対する残された者のある時期からの心境をとても正確に伝えているように思います。スタンレーのこの台詞を思い起こすたびに、私は、数年前に他界した旧友の同じような言葉を思い出すのです。彼もまた亡くなる数年前に奥様を癌で亡くしましたが、最後の最後まで奥様を看取ったその献身的な看護振りには頭が下がる思いでした。スタンレーと同じように、彼も若い頃から、破滅型と言っていいほど自由奔放な人でしたが、そんな彼の最後の献身には、奥様に対する心からの償いの思いがこめられていたのかもしれません。人は長い生涯のなかで、心の負債をどこかで一度は償わないではいられないものなのかもしれません。
 深い悲嘆からもようやく抜け出した頃、友人は、やや照れるようなやさしい笑顔を浮かべながら、日々の行動をこんなふうに話すのでした。

 いや、死者の霊というのは、実に便利で、ありがたいものだね。朝起きると、まず仏壇の前に座って雪子に声をかける。「おはよう、雪子。今日も一日よろしくね」などと言ってね。そのとき雪子は、疑いようもなく仏壇のなかにいるのだね。それからほどなくして、僕は雪子のお墓に出かけるのだけど、今度は、「雪子、では僕と一緒に車で行こうね。」と声をかける。するともう、雪子はちゃんと車の中にいて、僕は隣の雪子にいろいろと話をしているのさ。それから雪子のお墓に着く。すると雪子はもうお墓の中にいて、僕は雪子に挨拶する。「雪子、お墓参りに来ましたよ。さびしくなかった? どうぞ安らかに眠ってくださいね。」それから車に乗って帰路につく。僕はまた、すぐさま隣にいる雪子に声をかけるのさ。「雪子、今日は一緒にお墓参りができてよかったね。雪子も喜んでくれただろうね。」

 なんともユーモラスな話ですが、この共通した二人の呟きは、残された者の心のなかに生き始める死者の霊の変幻自在さ、その変幻自在さを信じて平安を求めようとする人間心理の機微と真実を見事についた、なんとも心温まる話です。
 死別後の不安やさびしさを紛らわす最も確かな方法の一つは、「伴侶に語りかける」という方法です。声に出して語りかけることもあれば、ひそかに心のなかで語りかけることもあるでしょう。こうしたことは、死後の魂の存在を信じるとか信じないとかいう大袈裟な問題とはあまり関係ありません。あえて理屈らしきものを立てるとすれば、「人間とは、未知の、新しい危機や不安に直面したとき、その状況を身近なもの、慣れ親しんだものにするために、幾度かその状況のなかに自分を置き、そのなかにいる自分を演じることで、不安と危機を解消し、心の平安を準備する」とでもいうことになるのかもしれません。スタンレーや私の旧友ばかりでなく、実は、多くの方々が気づかずして実践しているがこの方法なのです。
 朝起きると仏壇の前に座り、線香や茶を供えながら、静かに伴侶に語りかけるという人は多いはずです。外出先から帰ったときにも、伴侶が自分の帰りを待っていてくれたかのように玄関先で「だだいま」と声をかけ、困ったときや心のバランスを欠いたときに、思わず伴侶の名前を呼ぶこともごくありふれた行動です。
 仏壇や写真に向かって、心のなかの伴侶に向かって、ときには、伴侶の存在を意識することさえなく無意識のうちにしているこうした「ひとり語り」は、外側から見る限り、あるいは、覚めた自意識の猜疑の目から見る限り、ありもしない伴侶の存在をあるものと想定して行われる、空しい「ひとり芝居」のように思えるかもしれません。しかし、これが空しいひとり芝居と思えるのは、むしろ、亡くなった伴侶に呼びかける必要性を最も強く感じている時期、死別からまだ間もない頃のことではないでしょうか。いくら呼びかけても、いくら語りかけても、亡くなった伴侶は答えてくれない。そう思うと、死者と繋がろうとする願いが強烈であればあるほど、その行為がいかにも空々しく、空しいものに感じられます。
 亡くなった伴侶の霊は、それを激しく求めているあいだはむしろ遠い存在であり、時間もたち、残された者の心も次第に静まり、落ち着きを取り戻すとともに、近づいてくるものなのかもしれません。それはどこか、夢の場合と似ています。伴侶の夢を見たい見たいと思うときには、伴侶はなかなか現れてはくれないのに、夢のことなど忘れた頃に、伴侶が飄然として訪れてくれるのを、私たちは幾度となく経験で知っています。
 飢餓地獄のように切なく、激しく、求め追憶していた時期も過ぎ、ぎこちない空しさも薄らいで、ごく自然に、何気ない気持ちで、伴侶に話しかけている自分に気づく時期がやがて来ます。自分の周りに遍在し、呼吸する空気のように、変幻自在する伴侶の魂が、癒しと平安の力を増してくるのはそんなときです。その意味でも、私たちが立ち直るということは、伴侶の魂に命を与えること、と言えるのかもしれません。


 一昨日、私は、久しぶりに98歳になる母の家に帰り、ついでに父と、兄と、甥の奥様が祭られているお墓を詣でました。私は3人に、この年にしてはじめて気づく様々な感謝を捧げ,そして、この年にしてはじめて気づく様々な至らなさを謝罪しました。果たして死者たちが、私の声を、私の気持ちを、聞き届けてくれたのかどうか私はやはり不安でしたが、かつてない爽やかさも感じました。
 私はスタンレーや旧友の心境に再び思いを馳せていました。死者の魂の融通無碍、変幻自在さを、二人があれほどまでに信じられたのは何故だったのだろうかと。墓地の前で私が感じた不安と爽やかさを思い出しながら、私はふとこんなふうに考えました。それは二人が、死者との間に、一切のわだかまりを持たなかったことに真の理由があったのではなかったかと。死者たちにすべてを懺悔した心の清澄さ、それゆえに生じた信頼関係、そして死者たちの善意を信じ抜いて多くを期待しない謙虚さ。
 残された者のその後の長い人生には、生きるが故の様々な喜怒哀楽もあることでしょう。しかし、最期に自分を迎えに出てくれるのはやはり亡くなった伴侶であるとも聞いています。しばらくの間、そんなことを考えながら、心の静まり行くのを待っていました。


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(代表 中央大学名誉教授 長田光展)

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