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悲しみにかまける時間も……


本エッセイは、手紙文集『天国のあなたに』(第20集、平成30年12月30日発行)に掲載したものです。


死への直面、そしてその死の一時的な執行延期、それがすべてのものをかくも、貴く、かくも神聖なもの、かくも美しいものにしてくれるのである。そして私はかつてないほどにすべてのものを愛し、それを抱擁し、それによって自ずから圧倒されたいと感じるのである。わたしの目にする川がいまだかつてそんなにも美しく見えたことはなかった。死とそのたえずつきまとう死の予見が人をして愛さしめ、より情熱的な愛を、可能にしてくれるのである。もしわれわれに、自分が死なないものだとわかっていたら、果たしてわれわれは、情熱的に人を愛し、いやしくもエクスタシーを味わい得るものか疑わしい。――心臓ショックから回復したときアブラハム・マズローのしたためた手紙――(ロロ・メイ著、小野康博訳『愛と意志』より引用)

 やや硬い訳文のため読みづらいかもしれませんが、上記の引用文は、「人間性心理学」という分野を開拓したアメリカの心理学者アブラハム・マズロー(1908〜70)の手紙文の一部です。死の危機から奇跡的に再生した直後の、彼の目に映る世界の劇的な変化を伝えています。すべてのものが突然、限りなく貴く、神聖で、美しいものに見えます。世界のあらゆるものを、彼はかつてないほどに愛し、抱擁し、その美しさに永遠に圧倒されていたいと願います。そして、こんなふうに考えるのです。「もし死というものがなかったら、死の予見というものがなかったら、人はこれほどに人を愛し、愛することの喜びにかくも恍惚とすることがあっただろうか」と。
 なんという美しい言葉ではないでしょうか。こんな感覚を一瞬たりと持てたとしたら、どんなに幸せなことでしょう。しかし現実には、このような感覚はいつでも恵まれるというわけではありません。マズローの場合のように、死の危機から奇跡的に生還したような場合や、いくつかの条件が偶然に重なり合った稀なる瞬間に至福のように立ち現れてくる以外にはないのでしょう。それ以外は、おしなべて輝きに欠けた、単調、平板な日々の連なりにしかすぎず、そこに魂の呼び声を聞きつけることはありません。
 そんなとき、私はいつも詩人吉野弘の詩「burst 花ひらく」(1979)の一節を思い出します。「諸君! /魂のはなしをしましょう/魂のはなしを! /なんと長い間/ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう――」と。この詩と出会ったのは、NHKテレビで放映された山田太一のドラマ『キルトの家』(2012年2月4日放映)を見ていたときのことでした。ドラマは、間もなく取り壊わされようとする老朽団地を背景に、そこに住む老年男女たちのさまざまな思いを巡って展開しますが、登場人物の一人、山崎努扮する孤独老人が、まるでリフレインのように繰り返していたのがこの一節でした。原詩では、永年勤続を恩着せがましく表彰する雇い主の長ったらしい祝辞の真っ最中に、それを聞いていた一人の従業員が思わず発する怒りの叫びでしたが、この叫びは、虚ろな日々を送る私たち自身の心の叫びでもあるのではないでしょうか。
 魂と触れ合うことのかくも稀有なる私たちの人生ですが、最近私は、こんなふうに思うようになりました。ひょっとすると、伴侶を喪うという出来事そのものが、実は魂と出会う稀有なる機会ではなかったのかと。深い悲しみを覚えることが、私たち自身の魂と出会う稀なる機会でありながら、辛い悲しみにかまけるあまりに、この事実に気づくことなく、見過ごしたままにしていたのではないのだろうかと。
 このことで、私は、かつて私たちの会に参加されたある男性の言葉を忘れることが出来ません。年齢は六十台半ば、素朴な自然児といった感じの方でしたが、語り始めると途端にわっと泣き出し、すぐまた平静に戻ると、今度は笑顔で話し出すという具合で、その素朴さ、自然さには抗しがたい魅力がありました。
 四十年来連れ添った奥様を亡くされ、寂しさに耐えかねた末に、私たちの会を知り、参加されたとのことでしたが、私の関心を強く引いたのは、幾度となく繰り返されるその方の発言でした。「自分自身の悲しみの感情についてですが、どうも私には、これが、自分が勝手に作り上げた勝手な感情ではないかと思えて仕方ないのです。自分で勝手に作り上げては、自分で自分を悲しみの感情で金縛りにしている。だって、そうではありませんか、妻はもうこの世にはいないのですから。存在していないのですから。存在していないものに対して、悲しみの感情を自分で勝手に掻き立てているのですから。」と。
 当初、この言葉をどのように理解すればよいのか迷いました。同席していた他の参加者たちは、違和感を覚え、恐らくは怒りさえ感じていたかもしれません。それも当然です。他の参加者たちにしてみれば、伴侶がいま「いない」こと、「存在していない」ことが何よりの苦しみであり、悲しみであって、そのためにここに来ていたのですから。
 しかし、その方の発言を繰り返し聞いているうちに、私はあることに気づいたように思ったのです。ひょっとすると、この方は素朴な仏教的発想のもとに、自分の悲しみについて語り、悲しみの対処にあたろうとされているのではないのだろうかと。
 仏教では古くから「唯心」という考え方がありました。現実界には実在しているものは何一つなく、存在しているように見えるのも、実は、自分の心が作り出している幻影にすぎないという考え方です。煩悩と呼ばれるものもその一つで、さまざまな苦しみとして現れる煩悩とは、実は自分自身の欲望が作り出している幻影にすぎず、自分の欲望を滅しさえすれば、自ずと煩悩も消え失せる。つまり彼は、死別の悲しみを、「煩悩」と同じものと見なそうとしたのではないのかと。
 それは予想外に新鮮な考え方のように私には思えました。確かに、死別の悲しみは一つの執着であり、煩悩と言えるものかもしれません。死別の悲しみを「煩悩」と見なす限り、その悲しみを切り捨てることは比較的容易かもしれません。
 しかし、死別の悲しみをただ煩悩として思い切ることが果たしてできるものなのだろうか、また煩悩として片付けることは正しいことなのだろうか、という疑念も浮かびました。なぜなら、悲しみの感情が切り捨て難いのは、その悲しみが、自分の意識のなかでは死者への愛と同一化しているからであり、その悲しみはそのまま死者への愛でもあったからです。その「愛」までを「煩悩」と言い切ることが出来るのだろうかと。
 私はこんなふうに考えざるを得ませんでした。悲しみを切り捨てるということは、悲しみによって教えられた自分の生き方への深い反省までを捨てることであり、新しく生まれた私自身を捨てて、悲しみ以前の平板無知な以前の自分に立ち戻ることではないのだろうかと。もしそうであるとするならば、それは、内側を見ることを忘れて、ただひたすら前だけを向いて盲進する愚鈍な生者たちの世界に立ち返ることではないのだろうか。そして、それは、どこか、無意識のままにとうとうとして流れる物言わぬ生きとし生けるものたちの命の大河に加わることとも似ているのではないのだろうかと。
 私たちは意識せずして、この無意識の生の大河に加わろうとしているのかもしれません。それが証拠に、私たちは、「形あるもの」を「形あるまま」に保ち続けるということが出来ません。どんなに辛い悲しみでも、どんなに重い苦しみでも、いずれは崩れ去り、消え去ろうとします。形を保ち続けるための緊張に比べたら、崩れ、消えていくことのほうが、はるかに楽であり、自然であり、安定もしているからです。「形」とは、言い換えれば、「個性」のことであり、「個的特質」のことですが、無意識の命の大河のなかでは、それを持ち続けて生き続けることは不可能なのです。
 安定した無意識の命の大河に比べたら、個々の私たちの存在は、大河の岸辺にほんのひと時淀んでいる小さな丸い泡粒にもたとえられるかもしれません。しかし小さな泡粒ではありますが、その泡粒は大河の流れからは屹立して、小さいながらも一つの独立した小宇宙を営んでいる「私」という個体です。この個体には、大河にはない意識があります。大河にはない悲しみがあり、苦しみがあり、涙があり、感情があり、そして記憶があります。
 その記憶が、伴侶の不在のなかに、ときに応じて、伴侶の俤を垣間見させ、幾度となく悲しみを掘り起こしては、魂との出会いを模索させます。
 いずれすべては命の大河に戻るのですが、それまでの間、それまでのもうしばらく間、独立した「私」という意識のなかで、悲しみ、苦しみ、そしてときに喜びを感じながら、自分なりの生きる意味を模索し、魂の在り処を探ってみるのは、とても大事なことではないのでしょうか。悲しみを切り捨てるのではなく、悲しみと共に生きることを目指してみる、これこそが、何物にも代え難い、生きていることの確かな証ではないのでしょうか。


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(代表 中央大学名誉教授 長田光展)

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